用語の注意
口腔顔面痛、非歯原性歯痛、非定型歯痛(現、特発性歯痛)の混乱があるようですので以下で解説します。図で言えば以下のような関係になります。
口腔顔面痛
文字通り「口と顔の痛み」のことですが、口と顔に痛みを生じさせる疾患の診断と治療を行う歯科の一分野のことも言います。「口腔顔面痛(学)」
非歯原性歯痛(Non-odontogenic toothache)
歯や歯周組織に起因しない「歯痛」をいいます。口腔顔面痛学が扱う疾患の中で、特に「歯痛」を生じさせるものがここに分類されています。
非歯原性歯痛の分類(2019)
- 筋・筋膜痛による歯痛
- 神経障害性疼痛による歯痛
1. 発作性:三叉神経痛など
2. 持続性:帯状疱疹性神経痛、帯状疱疹後神経痛など - 神経血管性頭痛による歯痛(片頭痛、群発頭痛など)
- 上顎洞疾患による歯痛
- 心臓疾患による歯痛(狭心症など)
- 精神疾患または心理社会的要因による歯痛(身体症状症、統合失調症、うつ病など)
- 特発性歯痛(非定型歯痛を含む)
- その他の様々な疾患による歯痛
非歯原性歯痛の診療ガイドライン改訂版は日本口腔顔面痛学会のHP(トップページ)からダウンロードできます。また非歯原性歯痛の詳細は同HP「一般の方への情報」の中にあります。
https://jorofacialpain.sakura.ne.jp/
非定型歯痛
非歯原性歯痛の一つです。原語はatypical odontalgiaで、AO(エーオー)と呼ばれていました。現在は「持続性特発性歯痛(PIDAP:ピーダップ)と呼ばれています。
非歯原性歯痛と通常の歯痛との鑑別法
患者さんは歯痛を訴えているが、それに見合うだけの原因が見当たらない、と言う場合に口腔顔面痛専門医にご紹介いただくことになると思います。
歯が原因ではない歯痛(非歯原性歯痛)と通常の歯痛との鑑別法は以下の表を参考にしてください
*打診痛や咬合時痛がある場合で、該当歯に麻酔薬を歯根膜注射をおこなって痛みが消失する場合は歯が原因です。歯原性か非歯原性歯痛か迷う場合は、まずこの診断的麻酔検査を行ってみてください。
非歯原性歯痛 | 歯原性疼痛 |
---|---|
1,疼痛は一定で、数か月、数年以上も変化がない | 1,疼痛には変動があり、時間とともに増悪または改善する |
2,局所刺激は、疼痛にほとんど影響を与えない | 2,局所刺激(温度、圧)により、疼痛は悪化する |
3,臨床的にも画像上でも器質的な異常は全く認められない | 3,臨床的または画像的に異常(歯質欠損、破折)が認められる |
4,歯科治療を繰り返しても疼痛は改善しない | 4,歯科治療により疼痛は改善する |
5,局所麻酔に対する反応は不明瞭 | 5,局所麻酔で疼痛は消失する |
Marcallo Melis, DMD, Rpharm; Simon Secci, MD Diagnosis and treatment of atypical odontalgia: a review of the literature and two case reports. J Contemp Dent Pract. 2007 Mar 1;8(3):81-9 より引用改変
歯痛・顎関節症と誤認しやすい疾患
A)歯痛と誤認しやすい疾患
非歯原性歯痛
B)顎関節症と誤認しやすい疾患
巨細胞性動脈炎
ジストニア・ジスキネジア
舌咽神経痛
A)歯痛と誤認しやすい疾患
歯痛と誤認しやすい主な疾患のリストと解説は、日本口腔顔面痛学会の非歯原性歯痛ガイドラインに収載されています。
https://jorofacialpain.sakura.ne.jp/wordpress/wp-content/uploads/2019/12/81754270d833dc636153a88444392321.pdf
非歯原性歯痛のなかでも、三叉神経痛と群発頭痛は歯痛との誤認が多い疾患で診断の遅れ(diagnostic delay)が生じやすいため、注意が必要です。
三叉神経痛
- 患者の73%が痛みをコントロールするために、不必要な歯科的評価を受け、そのうちの60%以上が抜歯(合計680本の歯を抜歯)を受けた( Garvan 1983 )。
- 患者の80%以上が、歯科医を受診し、その66%が抜歯(平均2本)、根管治療、インプラントなどの不必要な歯科治療を受けていた( Eckardstein 2015)。
- 医科も含めると以下のような報告があります。(Antonaci 2020 J Headache Pain)
- 2020
- 三叉神経痛患者(102名)が診断前に受診した専門医
- プライマリケア医(PCP)(43.1%)
- 歯科医(30.4%)
- 耳鼻咽喉科医(3.9%)
- 脳神経外科医(3.9%)
- 神経内科医または頭痛専門医(14.7%)
- その他(8%)
- 初診時に正しい診断を受けたのはわずか18名(17.6%)
- 初診時の誤診は42.1%
- 診断が確定するまで7.2±12.5カ月
- 三叉神経痛患者(102名)が診断前に受診した専門医
歯痛との鑑別ポイントは以下の4点です。
- 瞬間的な痛み(秒単位)
- 激烈な痛み
- 三叉神経の2・3枝
- 触れると痛みが誘発される「トリガーゾーン」がある
群発頭痛 (他、三叉神経・自律神経性頭痛)
群発頭痛患者は、発作時の顔面痛を「上顎の最後方臼歯の痛み」と感じることがあり、34%の患者が歯科を受診したという報告があります。
1163人の群発頭痛患者の受診歴の検討
(J A van Vliet,Features involved in the diagnostic delay of cluster headache. 2003)
- 最初に受けた診断名
- 群発頭痛 22%
- 副鼻腔炎 21%
- 片頭痛 17%
- 歯科疾患 11%
- 自分で群発頭痛と診断16%
- 診断前に受診(相談)したところ
- 歯科 34%
- 耳鼻咽喉科 33%
- 代替療法士 33%
- 診断前に受けた治療
- 抜歯 16%
- 耳鼻科的手術 12%
B)顎関節症と誤認しやすい疾患
巨細胞性動脈炎(側頭動脈炎)
-顎関節外来で時々診られる疾患です。主訴は咀嚼筋の痛み”や開口障害が多く、高齢者の病気で若い人には起こりません。70歳以上で「顎がだるい」「咀嚼を始めると顎が痛む」などの症状を訴えて受診した患者には注意が必要です。顎関節症と間違えてスプリントなどで時間を無駄にすると失明に至ることがある「内科的救急治療を要する疾患」です。
-本態は「巨細胞を伴う肉芽腫を形成する動脈炎」で、内・外頸動脈、全身の比較的太い動脈も罹患する可能性のある全身疾患ですが、好発部位が浅側頭動脈であるため、「側頭動脈炎」と呼称されることもあります。
-外頸動脈の分枝である浅側頭動脈や顎動脈に狭窄が生じると、咀嚼筋への血流が低下するため学院同時には阻血性疼痛が生じ、 患者は「顎の痛み」と自覚することがあります。
ジストニア・ジスキネジア
口顎部では咀嚼筋の罹患により、意思とは無関係に「くいしばってしまう」「顎が側方に変異してしまう」「嚙もうとすると口が開いてしまう」「舌が突出する/動いてしまう」などの症状が特徴的です。
原因にはさまざまな分類法がありますが、歯科でみられるものの多くは、薬剤の有害作用によるもので「薬剤性/遅発性ジスキネジア/ジストニア」と呼ばれています。
原因薬剤としてはスルピリド(ドグマチール®)が最も多く、次いでハロペリドール(ピーゼットシー®)、リスペリドン(リスパダール®)、アリピプラゾール(エビリファイ®)の順とされています(文献)。
治療には、薬物療法やボツリヌスなどがあります。
薬物療法では、ドイテトラベナジンとバルベナジンはTDの有効な治療法として確立されており(レベルA)、治療として推奨される。クロナゼパムとイチョウ葉はおそらくTDを改善する(レベルB)。アマンタジンとテトラベナジンはTD治療として考慮されるかも
しれない(レベルC)。(Updating the recommendations for treatment of tardive syndromes: A systematic review of new evidence and practical treatment algorithm, Bhidayasiri, 2018)
舌咽神経痛
三叉神経痛と同じ、発作性神経痛ですが、痛みの部位が舌後方1/3, 扁桃窩、咽頭、下顎角、耳の奥、であるため、多くの患者は顎関節の痛みと勘違いをします。また、痛みは味刺激(苦み・酸味)で誘発されるため、患者は「食事をすると顎が痛む」、さらに大開口で舌咽神経を刺激することでも発現するため「大きく口をあげると痛む」と訴えるため、歯科医の目には顎関節症のように見えます。
顎関節症との鑑別点は「痛みの激烈さ(顎関節症であれば「激痛」と言うことはありません)」「味刺激で痛みが誘発される」などの訴えがあることです。