歯や顔に痛みを生じさせる病気

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咀嚼筋の筋痛

最近生じた歯や顔面の軽度の自発痛、顎の部分に圧迫すると痛いツボがある

【ポイント】咀嚼筋の筋痛は、関連痛により「歯の痛み」のように感じられることがあります
【痛みの原因】筋が慢性的に疲労して凝ると「筋痛」が生じますが、 咀嚼筋や僧帽筋上部に「筋痛」が生じると、痛みの神経が混線して 「歯痛」として感じられることがあります。
【痛みの特徴】軽度~中等度の持続性の痛みです。激痛ということはありません。
【診断法】多くは咬筋(図)に生じます。噛みしめて膨らむ場所です。リラックスした状態でこの筋に押すと痛むツボがないか調べてください。中指で5秒、骨に向かって圧迫した時に、痛みが指の下のみではなく、今まで感じていた「歯痛」が悪化するのであれば、筋肉からの関連痛の可能性があります。
【治療法】原因である筋の「つぼ」をマッサージやストレッチでほぐす(血流を良くする)ことで改善します

×は咬筋にできたツボ。圧迫すると「歯痛」が再現できる。

神経障害性疼痛

  • 痛みの原因は3種類あります(図)。
  • 神経障害性疼痛は、「神経」そのものが傷ついた時に生じる特殊な痛みです。
  • 発作性と持続性に分けられます。
  • 本websiteでは口腔顔面痛を生じさせる以下の病気について説明します。

神経障害性疼痛

A)発作性:

  • 三叉神経痛
  • 舌咽神経痛

B)持続性:

  • 帯状疱疹性歯痛/顔面痛
  • 外傷(けがや手術)による神経障害性疼痛
  • 視床痛/中枢性脳卒中後疼痛

発作性:

三叉神経痛

【ポイント】三叉神経(第5脳神経)に生じる神経痛で、顔に瞬間的な激痛を生じさせます。
【痛みの原因】脳の中にある三叉神経の根元を、血管や腫瘍などが圧迫することで生じます。
【痛みの特徴】数秒間の激痛が発作的に生じます。顔を触ることで誘発されることが多く、洗顔や歯磨き、ひげそりに支障を来します。
【診断法】➀数秒間、➁激痛、③上顎か下顎(図1)、④顔に触ると痛みが誘発される部分がある(トリガーゾーン) (図2) 、この4つがそろっている場合は三叉神経痛の可能性が高いです
【治療法】テグレトール(カルバマゼピン)という薬が特効薬です。薬疹などで薬が飲めない場合は、手術の適応となります。

図1 三叉神経は三つ叉の神経で、1-3本の枝からなります。
三叉神経痛は、通常2枝(上顎)か3枝(下顎からこめかみ)に生じます。

図2 トリガーゾーン

舌咽神経痛

【ポイント】舌咽神経(第9脳神経)に生じる神経痛で、のどの奥(図)に瞬間的な激痛を生じさせます。極めて稀な病気で、診断できる医師が少ないです。
【痛みの原因】脳の中にある舌咽神経痛の根元を、血管や腫瘍などが圧迫することで生じます。
【痛みの特徴】味刺激(苦い・酸っぱい)や嚥下、大開口などの動作により、数秒間の激痛が発作的に生じます。ひどくなると痛みで食事ができなくなることがあります。
【診断法】➀数秒間、➁激痛、③のどの奥、④上記の動作で痛みが誘発される、この4つがそろっている場合は舌咽神経痛の可能性が高いです
【治療法】テグレトール(カルバマゼピン)という薬が特効薬です。薬疹などで薬が飲めない場合は、手術の適応となります。

図 舌咽神経痛の痛みは、舌の後1/3、咽頭部、耳の奥にでます

持続性:

帯状疱疹性歯痛/顔面痛

【ポイント】 帯状疱疹にかかっている最中に、歯や顔面が痛むことがあります。持続性の強い痛みで不眠を来すこともあります。
【痛みの原因】帯状疱疹のウイルスは水ぼうそうのウイルスと同じです。子供の頃にかかったウイルスが神経の細胞体に住み着き、加齢や体力が弱った際に勢いを盛り返して増殖すると帯状疱疹を発症します。
【痛みの特徴】急性の発症(2-3日前から)、突然臼歯部に24時間持続する強い痛みが発現します。痛みで眠れないこともあります。特定の歯の痛みと感じられることもあります。
【診断法】帯状疱疹は初期には痛みが唯一の症状であり、診断には医師の経験が必要です。病気の進行とともに口腔粘膜に水疱・びらん・潰瘍を生じます。熱が出たり、顎の下のリンパが腫れることもあります(図)。
【治療法】早期に診断して、抗ウイルス薬を開始します。
帯状疱疹は皮膚科の病気ですが、口腔内に症状がある場合は、口腔顔面痛専門医、口腔外科を受診するとよいでしょう。

口蓋粘膜にたくさんの小水疱が潰れた痕跡がみられます

外傷(けがや手術)による神経障害性疼痛

【ポイント】 抜歯やインプラントの手術、けがなどで神経を損傷すると、24時間持続するじりじりと焼けるような痛みが生じるようになります。下口唇~オトガイ(顎の先端)にかけて生じることが多いです。
【痛みの原因】神経線維/細胞傷つくと、それ自体が痛みを発するようになります。
【痛みの特徴】 24時間持続するじりじりと焼けるような耐えがたい自発性の痛みです。重度の場合は、顔に軽く触れただけでびりっという強い痛みが生じるため、日常生活に支障を来すことがあります。
下口唇やオトガイが「石のように固くなっている」というような重苦しい締め付け感として感じられることもあります。
【診断法】外傷を受けたことがあることが前提で、感覚神経の検査を行います。
【治療法】傷害が起こった直後からの対応が必要です。通常はステロイドを使用します。1月以上経ってしまうと、治りにくくなります。神経障害性疼痛は最も難治な痛みの一つです。

神経障害性疼痛のメカニズム
  • 神経が末端で切断されると、そこから先の感覚はなくなります。針で刺しても痛みを感じなくなります。
  • しかしながら切断した末端からはスプラウティングが起こり(細かい神経の芽が出て)線香花火のように痛みを発するようになります。またそこから中枢に向けて、神経が絶え間なく痛みの信号を送るようになり、絶え間ない自発痛が生じるようになります。

図はFields「ペイン」より引用

視床痛/中枢性脳卒中後疼痛

【ポイント】
【痛みの原因】
【痛みの特徴】
【診断法】
【治療法】

三叉神経・自律神経性頭痛(TACs)

  • 三叉神経・自律神経性頭痛( Trigeminal Autonomic Cephalalgias :TACs)とは、「片側性に生じる頭痛・顔面痛」と「痛みと同側に顕著な頭部自律神経症状を呈する」という共通の臨床的特徴を持つ「頭痛」のグループです。痛みは通常じっとしていられないほど強度です。Prakash(2017)はこの3つの特徴を「TACsの3つのA」 と記述しています。
  • 「頭痛」だが)顔面痛と感じられる  Anterior located
  • 自律神経症状 Autonomic features 
  • じっとしていられない激痛 Agitation
  • TACsには以下の4種類があります。 病気としては「頭痛」に分類されますが、上顎の「歯痛」と感じられることが少なくありません。
  • 群発頭痛
  • 発作性片側頭痛
  • SUNHA(サンハ)
  • 持続性片側頭痛

頭部自律神経症状

「歯科医師のための口腔顎顔面痛」井川,2021

群発頭痛

【ポイント】眼窩を中心とした激痛発作。周期性があり、1-2年に一度、毎日発作が起こる「群発期」が巡ってくる。群発期が過ぎると、まったく普通の状態に戻る。
【痛みの原因】発作を起こす原因部位は脳の視床下部(体内時計ある場所)にあり、視床下部に機能異常が生じると、三叉神経と副交感神経の伝達に影響を及ぼし、痛みや自律神経症状を誘発すると推測されています。
【痛みの特徴】群発期には約1時間持続する、じっとしていられないほどの激痛発作が毎日1-2回起こる。群発期は1-3か月続く。
【診断法】国際頭痛学会分類(ICHD-3)の群発頭痛の診断基準(次ページ)を満たすことが条件です。
【治療法】群発期に入ったら、予防療法(発作を抑制する薬)と急性期療法(起こってしまった発作を止める薬)の2段が前で治療を行います。発作が起こってしまった場合は、高濃度酸素(病院にある)の吸入で発作を抑えることができます。

群発頭痛と発作性片側頭痛の診断基準の比較(ICHD-3)

3.1 群発頭痛3.2 発作性片側頭痛
A. B-Dを満たす頭痛発作が5回以上あるA. B-Dを満たす頭痛発作が20回以上ある
B. 重度~きわめて重度の一側性の痛みが、眼窩部、眼窩上部または側頭部のいずれか一つ以上の部位にに15~180分間持続するB. 重度の一側性の痛みが、眼窩部、眼窩上部または側頭部のいずれか一つ以上の部位にに2-30分間持続する
C. 以下の1項目以上を認める
➀ 頭痛と同側に少なくとも以下の症状あるいは兆候の1項目を伴う
 a) 結膜充血または流涙 (あるいはその両方)
 b) 鼻閉または鼻漏 (あるいはその両方)
 c) 眼瞼浮腫
 d) 前額部および顔面の発汗
 e)縮瞳または眼瞼下垂(あるいはその両方)
② 落ち着きのない、あるいは興奮した様子
C. 以下の1項目以上を認める
➀ 頭痛と同側に少なくとも以下の症状あるいは兆候の1項目を伴う
 a) 結膜充血または流涙 (あるいはその両方)
 b) 鼻閉または鼻漏 (あるいはその両方)
 c) 眼瞼浮腫
 d) 前額部および顔面の発汗
 e)縮瞳または眼瞼下垂(あるいはその両方)
② 落ち着きのない、あるいは興奮した様子
D. 発作の頻度は1回/2日~8回/日であるD. 発作の頻度は、5回/日を超える
E. 他に最適なICHD-3の診断がないE. 発作は治療量のインドメタシンに絶対的な結果を示す
F. 他に最適なICHD-3の診断がない

発作性片側頭痛 (Paroxysmal Hemicrania:PH)

【ポイント】群発頭痛と言われて治療を受けているが、全く効果が無いと言う場合はこの病気を疑います。臨床症状は群発頭痛と全く同じですが、治療法が全く異なるため、群発頭痛との鑑別が必要です。
【痛みの特徴と診断法】群発頭痛の女性版と言われ、、2,3:1と女性に多い病気です。鑑別のポイントは、群発頭痛より持続時間は短く、1日の発作回数が多いと言う点です。発作回数は、群発頭痛は2日に一回から一日8回までですが、発作性片側頭痛は1日5回以上です。発作時間は、群発頭痛が1回15分から180分であるのに対し、PHは2分から30分です。群発頭痛とは違い寛解期がない慢性型が多く、数年にわたり毎日痛みが生じます。 ICHD-3の発作性片側頭痛の診断基準を満たすことが条件です。 (スライド14、比較の表参照)
【治療法】インドメタシンで100%痛みが消える「インドメタシン反応性頭痛」です。診断さえ確定すれば必ず治る病気です。

短時間持続性片側神経痛様頭痛発作

(short-lasting unilateral neuralgiform headache attacks:SUNHA(サンハ))

【ポイント】 1秒~10分間持続する顔面の発作性の激痛で、自律神経症状を伴います。発作時間が短いことから
三叉神経痛との鑑別が必要です。
【痛みの特徴】中等度~重度の片側の頭痛が、眼窩部,眼窩上部、側頭部などに、単発性あるいは多発性の刺痛、鋸歯状パターンとして1~600秒間持続する。
【診断法】 ICHD-3のSUNHAの診断基準を満たすことが条件です。
【治療法】第一選択はラモトリギンです。

持続性片側頭痛

【ポイント】三叉神経痛や群発頭痛のような発作性の激痛と、バックグラウンド痛といわれる持続性の頭痛の2種類の痛みが同時に存在します(図=次のスライド)。TACsの中では自律神経障害は弱いこともあり、正しく診断されるまでに8年かかるという報告もあります。
【痛みの特徴】上記の特徴の他に、 「Jabs and Jolts(瞬間的なグサッと刺されるような痛み)」や「眼の中に砂や石が入っているような異物感」 を感じる人が多いです。
【診断法】 ICHD-3の持続性片側頭痛の診断基準を満たすことが条件です。
【治療法】インドメタシン反応性頭痛に分類されていますが、インドメタシン以外の薬でも改善することがあります。

持続性片側頭痛(HC)は誤診しやすい病気

下方のグレーの部分は、軽度~中等度の持続痛を、黒い部分はそれに重なって生じる発作時痛を表す。持続痛のみに気をとられると下段の疾患と誤診する。
発作時痛のみに気をとられると上段の疾患と誤診する。

急性副鼻腔炎(上顎洞炎)

【ポイント】 上顎の臼歯部にズキズキする急性の痛みが生じます。原因は上顎洞の炎症(蓄膿症)ですが、歯痛とそっくりの痛みです。風邪を引いて急性上顎洞炎を起こしやすい冬(11月-2月)に多い。
【痛みの原因】上顎洞の炎症が、上顎の歯に波及して「歯が痛い」と感じると考えられます。
【痛みの特徴】上顎の大臼歯~小臼歯部にかけての痛みで、その歯にははっきりした打診痛が生じます。上顎洞前癖(目の下あたり)に圧痛が生じます。「風邪をひいている・患側の鼻が詰まっている」ことが多いです。
【診断法】耳鼻科では内視鏡やCT, 歯科ではCT, X-P(Waters)、MRIなどを用います。
【治療法】抗菌薬

巨細胞性動脈炎(旧,側頭動脈炎)

【ポイント】 高齢者の病気で、顎関節症のような顎の症状がメインになることがあります。病気が進行すると失明することがあるので早期に診断して治療を開始する必要があります。
【痛みの原因】はっきりした原因はまだ不明ですが、動脈に炎症が起こり、狭くなって血流が悪くなることで周囲の組織に痛みが生じます。目に行く動脈がつまると失明します。
【痛みの特徴】食事を開始すると強い顎のだるさ、痛みが生じたり、開口障害が起こったりします。その他にも;

  • 血管の炎症が生じると:側頭部の皮膚の発赤、腫脹、接触時痛、著明な圧痛
  • 血管の狭窄・閉塞が生じると:こめかみの動脈が怒張し、こりこりしたひものように固くなります。

【診断法】血液検査、エコー
【治療法】ステロイド大量療法により3日以内に症状が寛解するまたは著明改善する(ICHD-3)

怒張した浅側頭動脈

不随意運動(ジストニア・ジスキネジア)

【ポイント】下顎が意思とは無関係に偏位してしまう:片側に寄ってしまう(図)、開口したまま閉じられない。、食いしばったまま開口できない、など。
【原因】原因不明の場合と薬の副作用の場合があります。
原因になりやすい薬は、抗精神病薬(ドパミン遮断薬)。
【参考website】「重篤副作用疾患別対応マニュアル ジスキネジア 」
chromeextension://efaidnbmnnnibpcajpcglclefindmkaj/https://www.info.pmda.go.jp/juutoku/file/jfm0905003.pdf

セネストパチー(cenesthopathy/体感異常症)

【ポイント】 非常に奇妙な感覚が口の中に生じている。訴えは非常に奇異だが、患者自身の異常に対する批判(「他の人に言っても信じてもらえないようなことを自分は言っている」)は保たれていて、通常生活上の機能の低下はない。
【痛みの原因】精神科では「妄想性障害」という診断になりますが、心の問題ではなく、脳の物の感じ方が変調して起こると推察されます。
【特徴】歯科治療が契機で発症することが多胃ことがしれれています

  • 異常感には以下のようなものがあり、これらの異常感覚は痛みや何らかの動きを伴うことが多いです
    • 口腔内から異物(糸、虫、釘、粉)が出る。口中で動き回って痛い
    • 口蓋に袋がぶら下がっていて、絶え間なく砂がこぼれ落ちている
    • 口から絶え間なく水の入ったボールが飛び出している
    • 歯と胸が糸でつながっていて、動くと引っ張られて痛む

【診断法】DSM-5の妄想性障害の診断基準を満たす。
【治療法】50%の人には抗うつ薬か新規抗精神病薬が効きますが、残りの50%は治療に反応しません。

歯科治療後の体調悪化

【ポイント】 歯科治療で恐い思いや嫌な経験をしたことをきっかけに原因不明の体調不良が生じることがあります。
【痛みの原因】心理的な衝撃で脳の物の感じ方が変調して起こると推察されます。
【痛みの特徴】痛みや体調不良は起きている間中持続する。脳の変調であり、体には何も異常はありません。検査を繰り返しても異常は見つかりません。
【治療法】脳が「大変なことが起こっている」と誤解して生じる症状なので、体の異常では無いことを正しく認識し、少量の抗うつ薬などを用いると多くの場合治ります。早期に治療を始めるほど治りやすいです。

唾液・味に関する異常感

【ポイント】 70歳以上の女性に多く、「唾液がベタベタ・ドロドロして気持ちが悪い」「歯の付け根から味のする液体が出る」「飲み込めなくなった」などと訴えます。
【痛みの原因】脳の物の感じ方が変調して起こると推察されます。若い人には起こらないため、脳の加齢と関係すると考える人もいます。
【治療法】セネストパチーの1種かと思われますが、薬物療法がほとんど奏効しません。そのことから注意をそらして生活することが重要です。反対に、そのことに集中して、唾液を全部吐き出したり、ティッシュで拭ったりを繰り返すと悪化していきます。

精神疾患に起因する痛みや違和感

【ポイント】 身体症状症・うつ病・双極性障害・統合失調症など、多くの精神疾患は痛みや違和感を生じさせることがあります。
【痛みの原因】精神疾患が原因で生じる「体感幻覚」と診断されることもありますが、要するに脳の物の感じ方が変調して起こると推察されます。
【痛みの特徴】身体的異常はないにも関わらず、「歯が痛い」と感じて、何本も抜歯をしてきてしまうことがあります。
【診断法】ご自分に精神疾患がある場合には考慮します。
【治療法】精神科医と連携して治療していきます。

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